綿雲のしるべ

思い浮かんだことを置いておく場所。読書感想ブログ

『ロリータ』ナボコフ

ロリータ、我が命の光、我が腰の炎。我が罪、我が魂。ロ・リー・タ。下の先が口蓋を三歩下がって、三歩めにそっと歯を叩く。ロ。リー。タ。

第一部冒頭より 

 この変態め!と書き出しからいきなりドン引きさせてくれるこの作品。『ロリータ』を一言でいうならば、圧倒的な表現力をもって少女への情欲を吐き出し続ける腐肉の塊だ。少女への純真すぎる狂信はあまりにおぞましすぎて、嫌悪感を通り越して笑いがこみあげてくる。ニンフェット提案のくだりなんて馬鹿馬鹿しすぎて爆笑ものである。主人公のハンバートは、ニンフェットと呼ぶ少女たちの繊細な背骨や、少し膨らんだお腹や、生毛がうっすらと輝く手足の美しさを見て、己の下腹部がどれだけ熱く滾るかについて息を荒げながら熱弁し、挙句の果てには「この文明では二五歳の男性がつきあう相手として、一六歳の女の子ならかまわなくても、一二歳の女の子はいけないということだ」と、まるで数学の新しい公式を発見したかのような調子で、”クソ”がつくほど真面目に語り始める始末で、私は読んでいて声を上げて笑っていた。

 

ハンバートは下宿先のニンフェットのドロレス(ロリータ)を一目見て欲情し、彼女に合法的に触れるためだけに未亡人だったその母と結婚するというイカレっぷりを見せつけてくる。そしてある時妻が事故で死ぬと、ハンバートはロリータを車に乗せて情欲まみれのアメリカ大陸大旅行などという人権団体に訴えられてもおかしくない大炎上ものの行動に出る。よくも悪くも並外れて優れたナボコフの文章がハンバートの生暖かい臭気を放つ肉欲をいやというほど突き付けてくるので、むせかえるほどの官能の波にもう勘弁してくれと何度思ったか知れない。きちんと最後まで読んだ私を誰か誉めてほしい。

 

 これのどこが世界文学の最高傑作なんだと思われるかもしれない。私もそうだった。最後の数十ページを読むまでは。

 こんなにも穢れた男の中から、これほどまでに美しい言葉が生まれるものなのかと、私は言葉を失った。そこにあったのは、類を見ないほど崇高な道徳賛歌だった。ナボコフはこのわずか百ページに満たない道徳の結晶のために、400ページ以上もの汚物を作り上げたのだ。恵まれない家庭、ネグレクト気味で自己中心的な母親、性的異常者の父親。娘はありきたりの暖かい家族を望んでいた、しかし父はそれに気づけなかった。父は娘を心から愛していたことに気づいた、しかしその愛はもう届かなかった。

私はおまえを愛した。私は五本足の怪物のくせに、お前を愛したのだ。 

第2部 32章より

 ロリータの人生を狂わせたハンバートは、ロリータに付きまとい、彼女の心を弄んだ男のもとへ復讐に行く。全てを失って初めて父となったハンバートは、欲にまみれた目の前の男に過去の自分の幻影を見る。彼は男を殺しながら、自分自身をも殺したのだ。なんというやるせなさ。

 そして彼は『ロリータ』を書いた。父らしいことを何一つしてやれず、ともに生きることも叶わなくなった彼は、芸術という永遠の命の中に二人の居場所をつくった。

 

 ロリータ、我が命の光。口にする度呼び起こされる、苦い後悔と幸せな記憶。ロ・リー・タ。下の先が口蓋を三歩下がって、三歩めにそっと歯を叩く。ロ。リー。タ。

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