綿雲のしるべ

思い浮かんだことを置いておく場所。読書感想ブログ

『イリアス』ホメロス

人間臭い神様たち

 神という存在には何やら神聖で崇高な印象がある。しかし、ゼウスをはじめとする古代ギリシャの神々は、そうした私たちの畏敬の念を根こそぎ薙ぎ払っていく。彼らはわがままで、尊大だ。すぐムキになってなってケンカを始めたり、人間の態度が気に食わないとひどい目に合わせたり、気に入った人間を見つけると節操なく交わってはぽこぽこ子を産んでいく。『イリアス』の舞台となったトロイア戦争の発端も女神たちの醜い争いによるもので、巻き込まれた戦争の当事者たちにとってはたまったものではない(気になった人は「パリスの審判」で調べてみて)。それでもギリシャの神々が憎めないのは、彼らが実に人間臭く、生き生きとしているからだ。全能のゼウスは、「わしは神々の中で一番偉くて一番強い。だからわしの決定は絶対だ。逆らってもいいけどどうなるかわかるよね」なガキ大将みたいなやつだし、大地の神ポセイドンは「俺と同格のくせに偉そうに!」とゼウスに反抗しようとし、ゼウスの妻ヘラはポセイドンに味方して色仕掛けでゼウスを騙したりする。その結果、ギリシャの戦士たちが凄惨な戦闘を行ってる横で、ゼウスとヘラが夫婦喧嘩を始める始末。ろくでもない神様たちだがみんないいキャラをしていて、彼らのやり取りを見ているとにやりとしてしまう。ギリシャの神々がゲームや創作作品のキャラクターとしてしばしば用いられるのは、こうしたキャラ立ちのおかげもあるような気がする。

 

 さて、本の紹介に移ろう。

 『イリアス』はトロイア戦争の一期間を題材とした大英雄叙事詩だ。ヘクトルアキレウスアガメムノン・メネラオス・アイアス・オデュッセウスなど名だたる英雄が多数登場し、血みどろの戦いを繰り広げる。前半は各陣営の紹介などが続きいささか躍動感に欠けるが、いざ戦闘が始まると手に汗握る展開の連続。特に下巻に入り、アキレウスが戦場に合流して神々までもが戦闘に加わると、一層激しさを増していく。そうした激しい戦いの中で輝く英雄たちの生き様や彼らの騎士道精神。彼らギリシアの戦士たちが恐れていることは、戦場で命を失うことよりもむしろ、名誉を損なうことであった。討たれた友のために死地へと赴くアキレウス、圧倒的な戦力を誇るギリシア連合軍に対し、数で劣るトロイア勢を自らの戦いぶりで鼓舞し、アキレウス不在のギリシア連合を実質たった一人で壊滅寸前へと追い込むヘクトル、勢いづくトロイア勢にもしり込みせず、最前線で食い止めるアイアスらギリシア連合の猛将たち。これぞ戦う男の生き様!というものを見せつけられた。

 

 『イリアス』は誇りのために戦う男たちとわがままな神々の群像劇であり、誰もが主人公だ。そのうちの誰に心を寄せたかによって、それぞれ違う感想が聞けるように思う。機会があれば『イリアス』を読んだ人で集まって語ったりしてみたい。

 ちなみに私はヘクトル推しです。

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