綿雲のしるべ

思い浮かんだことを置いておく場所。読書感想ブログ

『オデュッセイア』ホメロス

「犬どもめが、貴様らはもはや、わしがトロイエの国から、帰らぬものと思ったのであろう。 その証拠には、わしの屋敷を散々に荒らし、召使の女たちに共寝を強い、わしが生きているというのにこそこそと妻に言い寄ったではないか。まことに広き天空を治め給う神々を恐れぬばかりか、後々に受くべき世の人の非難をも憚らぬ所業じゃ。今や貴様らすべてに、破滅の網は結え付けられているのだぞ。」

―第二十二歌 求婚者誅殺 より

オデュッセウスの漂泊、復讐劇

 トロイア戦争終結後、ギリシアの戦士たちは各々の国へと帰還した。しかし、ただ一人オデュッセウスだけが、神の不興を買い、部下も船もすべて失って孤島に取り残されていた。長い漂泊の末、彼は神々の助けを得て20年ぶりの祖国へ帰還する。彼の辛苦を極めた旅路は多くの人に語り継がれ、いつしかオデュッセウスという名はその人物を離れ、苦難に満ちた冒険を示す言葉となった。火星に取り残された宇宙飛行士を描いた映画『オデッセイ』では如実にオデュッセイアとの対応が見られ、ジェイムス・ジョイスの巨編『ユリシーズ』の題はオデュッセウスラテン語変化形であるといったように、その影響は現代にも残っている。

 

 同じくトロイア戦争を描いた―それぞれが同じ作者によるものなのかは疑問視されているのだが―『イリアス』に比べ、『オデュッセイア』は物語としての完成度が高く、格段に読みやすいしおもしろい。『イリアス』がギリシアの戦士たちの生き様を描いた大英雄叙事詩というのなら、『オデュッセイア』はさながらオデュッセウス一家の絆を描いた大冒険復讐劇といったところだろうか。

 

 オデュッセウスが流れ着いた先で歓待を受けた島の民に語る冒険譚には、人食いの一つ目巨人キュクロプスや美しい歌声で船乗りをかどわかすセイレンなど現代でもおなじみの神話上の妖異、怪物が多数登場する。こういった逸話が好きな人にとってはたまらないだろう。そしてオデュッセウス不在の屋敷を守る息子、テレマコスの成長物語。屋敷では主の不在をいいことに妻ペネロペイアへ50人を超える求婚者が押しかけ、毎晩宴会を開いては屋敷の家畜や酒をむさぼり食らっている有様だった。そうした光景に業を煮やしたテレマコスは、父の消息を求めてトロイア戦争に参戦した英雄たちのもとへ旅に出る。始めは頼りなかったテレマコスだったが旅の中で大きく成長し、スパルタ王メネラオスからも栄誉を授けられるほどになった。そうして立派になったテレマコスオデュッセウスはついに対面し、再開を喜び合い、不埒な求婚者どもを懲らしめる計画を立てる。身分を隠し、乞食として屋敷に入り込んだオデュッセウスは、求婚者たちの侮辱を耐え忍びながら密かに計略をめぐらす。機が熟したころ、ついに無礼な求婚者たちを一同に集め、報復を仕掛ける。その傍らでは頼もしく成長したテレマコスも共に戦った。事がなった後、オデュッセウスは妻ペネロペイアに正体を明かし、20年ぶりの再会を果たす。父としてのオデュッセウスの頼もしさ、テレマコスの成長ぶり、夫を待ち続けたペネロペイアの貞淑さ。彼らの親子・夫婦の絆に胸が熱くなった。

 

 古代ギリシアでは、『イリアス』・『オデュッセイア』を知っていることが教養ある市民としての資格だったそうだ。2千年以上の時を経て現代に受け継がれてきた物語を辿る旅に、出かけてみてはいかがだろうか。

f:id:shirubegumo:20180627114019j:plain