綿雲のしるべ

思い浮かんだことを置いておく場所。読書感想ブログ

『停電の夜に』ジュンバ・ラヒリ

あの日、ショーバには黙っていようと心に決めた。 まだ彼女を愛していたから。 それだけは知らずにいたいと彼女が願ったことだから。 気まぐれで訪れた本屋でたまたま本書を手に取ったとき、私はふとあの夜のことを思い出した。2011年3月11日。日本中を包ん…

『遠い山なみの光』カズオ・イシグロ

あなたが誠実に努力なさったことを疑っているわけではないんです。そんなことは、ちょっとでも疑ったことなんかありません。ただ、その努力の方向が結果的に間違っていた。悪い方向へ行ってしまったんです。あなたにそれがお分かりになるはずはなかった。け…

『金閣寺』三島由紀夫

「金閣は無力じゃない。決して無力じゃない。しかし、凡ての無力の根源なんだ」 自分を変えるということは難しい。一度形成された性格はもはや変えることはできない。変えられるとしたら意識だけだ。人は知識や経験を重ね、理性を働かせ、場面に応じた適切な…

『銀河鉄道の夜』 宮沢賢治

なんてきれいな言葉を使うんだろう。昔読んだ時には気づかなかった、宮沢賢治の文章の美しさと悲しさ。やっぱり日本語はいい。英語とほんの少しのドイツ語しか知らない私が言うのも問題がありそうだが、こと文語的表現の美しさにおいて日本語に勝る言語はな…

『ドン・キホーテ 前編』セルバンテス

われこそは、暴虐と不正の掃討者たる、勇猛果敢なドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャなるぞ。さあ、神のご加護を受けるがよい。 2002年5月8日にノーベル研究所と愛書家団体が発表した、世界54か国の著名な文学者100人の投票による「史上最高の文学百選」で1位…

『怒りの葡萄』スタインベック

ほんとうに生きている民は 、あたしたちなんだ。あいつらが、あたしたちを根絶やしにすることなんかできない。だって、あたしたちが民なんだから―生き続けるのは、あたしたちなんだから 5年後、10年後、世の中はどう変わって、その時私は何をしているんだろ…

『ハツカネズミと人間』スタインベック

「わかってたはずなんだ」とジョージが絶望的に言う。「心の奥底では、たぶんわかってたんだ」 ちびのジョージとのっぽのレニー。レニーは人より知恵が遅れており、まるで子どもがそのまま大人になったような人物で、昔馴染みのジョージはそんなレニーの面倒…

『一九八四年』ジョージ・オーウェル

”ビッグ・ブラザーがあなたを見ている” 参加者を2つのグループに分け、四角い積み木を3段積み上げては崩し、また積み上げては崩すといったような極めて単純で退屈な課題を与える。そして片方のグループには高額な報酬を与え、もう片方のグループにはわずか…

『門』夏目漱石

彼は門を通る人ではなかった。又門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。 『三四郎』『それから』に続く漱石前期三部作の最後に当たる作品。主人公は異なるが、『それから』の代助の…

『それから』夏目漱石

彼はただ彼の運命に対してのみ卑怯であった。 第十四章 より 人に何かを説明することは難しい。相手の能力や性格、前提として共有できている事柄の程度に応じて、話す順序や使う言葉を選ばなくてはならない。どうしたらわかってもらえるんだろう。あれこれ考…

『三四郎』夏目漱石

人間はね、自分が困らない程度内で、なるべく人に親切がしてみたいものだ。 第九章 より 前期三部作とも呼ばれる夏目漱石初期の作品群の第一作目。『こころ』をはじめ、夏目漱石の作品は後に行けば行くほど人の心の葛藤や孤独を描く難解なものになっていく。…

『草枕』夏目漱石

智に働けば角が立ち、情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。 今年の夏、私は京都に出かけた。京都といえば古いお寺や神社などが立ち並ぶ古都という印象を描きがちである。実際には近代化が進んでおり、駅前の景色なんて東京…

『山の音』川端康成

家族って、息苦しい。今の世の中、本当に幸せで明るい家庭というものはあるのだろうか。仕事柄いろんな家庭を見てきたが、一つ屋根の下に暮らしながらもどこか他人然としていて、互いの存在が互いに重圧となっているような、そんな歪な関係ばかりが目につい…

『ロリータ』ナボコフ

ロリータ、我が命の光、我が腰の炎。我が罪、我が魂。ロ・リー・タ。下の先が口蓋を三歩下がって、三歩めにそっと歯を叩く。ロ。リー。タ。 第一部冒頭より この変態め!と書き出しからいきなりドン引きさせてくれるこの作品。『ロリータ』を一言でいうなら…

『人間の土地』サン=テグジュペリ

愛するということは、おたがいに顔を見合うことではなくて、一緒に同じ方向を見ることだ 8章 人間 小さいころから人付き合いは得意な方だった。友人は多かったし、新しい環境に移ったとしてもすぐにまた新しい友人ができた。 それなりに充実していたし、それ…

『氷』アンナ・カヴァン

灰色の空。荒廃し、崩れ落ちた砦の瓦礫。捨てられた町、立ち並ぶ木々の黒い影。降り積もる白い雪。そんなモノクロの景色の中に異様な存在感をもってそびえる巨大な氷の壁。それがなぜ、何のために現れたのかは一切不明だが、氷は徐々に拡大し世界を飲み込ん…

『夜間飛行』サン=テグジュペリ

あの農夫たちは、自分たちのランプは、その貧しいテーブルを照らすだけだと思っている。だが、彼らから八十キロメートルも隔たった所で、人は早くもこの灯火の呼びかけを心に感受しているのである。あたかも彼らが無人島をめぐる海の前に立って、それを絶望…

『日の名残り』カズオ・イシグロ

私は選ばずに、信じたのです。 ― 六日目―夜 より 大人になるとつい考えてしまうことがある。幼いころ、未来が希望に溢れていた日々。自分の価値観を信じ、歩んできたこの道。しかし、あの時もし過ちに気づくことができたならば。違う道を選んだ私の今は、い…

『ハムレット』シェイクスピア

この世の関節が外れてしまったのだ。なんの因果か、それを治す役目を押し付けられるとは! ― 第一幕 第五場 より 数あるシェイクスピアの作品の中でも、『ハムレット』の名を聞いたことのない人はいないのではないだろうか。本書は復讐を一つのテーマとして…

『オデュッセイア』ホメロス

「犬どもめが、貴様らはもはや、わしがトロイエの国から、帰らぬものと思ったのであろう。 その証拠には、わしの屋敷を散々に荒らし、召使の女たちに共寝を強い、わしが生きているというのにこそこそと妻に言い寄ったではないか。まことに広き天空を治め給う…

『イリアス』ホメロス

人間臭い神様たち 神という存在には何やら神聖で崇高な印象がある。しかし、ゼウスをはじめとする古代ギリシャの神々は、そうした私たちの畏敬の念を根こそぎ薙ぎ払っていく。彼らはわがままで、尊大だ。すぐムキになってなってケンカを始めたり、人間の態度…

『ダブリナーズ』ジェイムス・ジョイス

なんせ朗らか愉快なやつら なんせ朗らか愉快なやつら なんせ朗らか愉快なやつら あったり前の話じゃないか ―『ダブリナース』死せるものたち ジェイムス・ジョイス より ジョイス入門の書? 20世紀最大の作家の一人として数えられるジェイムス・ジョイス。彼…

例え話を多用する人

会議とかで例え話が持ち出されるたびに、なんだかもやっとすることが多い。それってなんだか違くない?でもそのもやもやが何なのかわからない。でもある時気付いた—都合よくごまかされてるんだなって。

『若きウェルテルの悩み』ゲーテ

『若きウェルテルの悩み』ゲーテ の感想文。