綿雲のしるべ

思い浮かんだことを置いておく場所。読書感想ブログ

『ハムレット』シェイクスピア

この世の関節が外れてしまったのだ。なんの因果か、それを治す役目を押し付けられるとは!

― 第一幕 第五場 より

 

 数あるシェイクスピアの作品の中でも、『ハムレット』の名を聞いたことのない人はいないのではないだろうか。本書は復讐を一つのテーマとして描いた作品であり、最終的には主要な登場人物の全てが殺されてしまう。そんな悲劇的な作品がなぜ古今を通じて多くの文人に愛され続けていたのか。それは、本書の主人公ハムレットの人物像にある。

 

 デンマーク王子ハムレットは悩める青年である。敬愛していた父が死に、悲しみに暮れていたハムレットは、そのわずか2か月後に再婚した母ガートルードと、その夫となりデンマーク国王の座に就いた叔父クローディアスに対しやりきれない思いを抱いていた。そんなある日、彼は父の死の真相―叔父クローディアスによる殺人―を知ってしまう。復讐を誓う彼だが、その心は耐え難い苦悩にさいなまれる。現王である叔父を手にかけることは容易ではない。運よく復讐を果たすことができたとしても、国王殺しの反逆者として罪に問われ、処刑されることは確実であろう。そこでかの有名なセリフが登場する。

生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ

to be or not to be, that is the question 

―第三幕 第一場 より

  叔父の大罪を見て見ぬふりをし、このまま安穏と暮らしてさえいれば将来の国王の座は保証されている。しかしその屈辱に耐え続けることはできるのか。それならばいっそ事を為し、自ら命を絶つべきか。しかし死んで、永遠の眠りについて―その後は。悩める青年ハムレットが生の苦悩と死への恐れを独白するこの一幕は、人類共通の命題を問いかける作中屈指の名場面だ。

 

 ハムレットは内省的だが、誇り高い青年だ。己の在り方について常に自分自身に問いかけながらも、亡き父の復讐を果たすと強く心に誓う。ある時、彼は怨敵クローディアスがたった一人で祭壇に祈っている場に遭遇した。阻むものは誰もいない、絶好の復讐の機会である。しかし彼はその場を立ち去ってしまう。父は祈る間もなく、生前の罪を清める間もなく殺された。今ここでその罪を神に懺悔している叔父を殺したとしてどうなるだろうか。罪を洗い清め、死ぬ準備ができている仇を討ったとして果たしてそれは復讐となるのだろうか。彼の誇りはそれを許さなかった。俗世間の悪行にふけり、原罪に手を染めている時にこそ怨敵を討ち果たし、その魂を地獄に落とすことを求めたのだった。

 

 彼は叔父だけでなく、父を裏切り、わずか2か月にして叔父と再婚した母をも強く恨んだ。ある日部屋に呼ばれたハムレットは、母ガートルードを散々に皮肉った。

ハムレット なるほど、 この堕落しきった世の中では、美徳が悪徳の許しを乞い、あまつさえ、辞を低うしてその顔色をうかがいながら、事をなさねばならぬらしい。

妃 おお、ハムレット、お前は、この胸を真二つに裂いてしまった

ハムレット おお、それなら、その穢いほうを捨てて、残ったきれいなほうで、清く生きてくださいますよう。

習慣という怪物は、どのような悪事にもたちまち人を無感覚にしてしまうが、半面それは天使の役割もする。始終、良い行いをなさるようにお心がけになれば、はじめは慣れぬ 借着も、いつかは身についた普段着同様、おいおいお肌に慣れてくるものです。今宵一夜をおつつしみなさい。

  しかしこの時ハムレットは、部屋に隠れて監視をしていた宰相ポローニアスを、クローディアスと勘違いして殺害してしまう。ポローニアスの死に、その娘でありハムレットの恋人でもあったオフィーリアは狂い死んでしまう。そしてハムレットは、友人でありポローニアスの息子でもあったレイアーティーズと、復讐に感づいた叔父クローディアスから命を狙われることとなった。

 レイアーティーズとクローディアスは一計を案じ、剣の試合で事故に見せかけてハムレットを殺害する計画を立てる。レイアーティーズは毒を塗った剣を使用し、万が一ハムレットに傷を負わすことができなくとも、毒入りの飲み物を差し入れするという手の込みようだ。しかし、これがあだとなってしまった。毒入りとは知らず、ガートルードはその恐ろしい水を飲み、命を落としてしまう。そしてレイアーティーズは、隙をついてハムレットに切りつけるも、不正が行われていることに気が付いたハムレットはその剣を奪い取り、レイアーティーズを刺殺した上、そのまま叔父クローディアスに剣を突き立て、ついに復讐を果たす。しかし、切りつけられたハムレットにも毒が回り、ついに彼にも死の運命は訪れた。彼は死の直前、一部始終を見届けた友ホレイショーに、デンマークの王座をノルウェイ王子フォーティンブラスに託すといい残した。フォーティンブラスの父は、生前のハムレットの父との一騎打ちの勝負で殺されており、フォーティンブラスはその復讐のために隠密で募兵をしていたのだが、クローディアに察知されて計画をつぶされてしまっていたのだった。復讐が復讐を呼んだ凄惨な現場に、遠征帰りに通りかかったフォーティンブラスが立ち寄ると、ホレイショーは事の委細を伝える。かくして全ての復讐はここに収束したのであった。

 

 復讐には終わりがない。どこかで誰かがその屈辱に耐えなければならない。あるいは、関わるもの全てを消し去るか。一人取り残されたハムレットの親友ホレイショーはこの後どう生きるのだろうか。そしてもし私がハムレットであったらどうしていたであろうか。4大悲劇の名にふさわしい壮絶な物語だった。